握りしめた手

 新入生を歓迎するかのように、色とりどりの花々が咲き薫っています。八重桜、チューリップ、すずらん、菜の花・・・。みんなそれぞれの美しさ、可憐さが輝いています。
春を告げる花々にかこまれて、学校での新年度が、さわやかにスタートしたことと思います。この1年間の保護者・地域の方々、そして教育現場の方々のご健勝とご多幸を、心から願っています。

 それは、私が小学校の教頭をしていた時のことです。入学式を翌日に控えた日の午後に、新1年生とお母さんとが学校へ来られたのです。それというのも、この子は日常とは違う出来事に対して、すぐに順応できない恐れがあったからなのです。そのような時、パニック状態に陥ることもあったとのことでした。そうならないために式場の様子を事前に見せておき、”穏やかな気持ちで入学式を迎えさせたい”という保護者の願いがあったのです。あらかじめ、お母さんと、それまで通っていた幼稚園から連絡をいただいており、教頭の私が対応しました。

 「うちの子は、生活のパターンが変わると落ち着かなくなるので、事前に小学校の校舎や入学式を行う式場などをわからせておきたいと思い連れてきました。よろしくお願いします」
 「いやいや、こちらこそ、事前にお越しいただき嬉しいです。大歓迎いたします。それでは、私が校内と式場をご案内いたしますので、よろしくお願いします」

 校内を歩き始めると、この子はとても緊張した面持ちをしていました。お母さんの手をしっかりと握って、初めて見る新1年生の教室や職員室、保健室やトイレ・・・。新1年生となるこの子に、真っ先に覚えて欲しい所を一緒に歩いてまわりました。
 そして、式場である講堂へ向かいました。ちょうど入学式を行う準備が整ったところで、壇上の様子や場内の雰囲気が、この子の目にはっきりと映ったことと思います。見た瞬間の表情から、驚きや緊張感、また、期待感が入り混じった複雑な心境が読み取れるようでした。
 ともかく、お母さんも私も”穏やかな気持ちで入学式を迎えさせたい”と願っていました。新1年生ですから背丈は私の半分くらいしかありません。私はできるだけ身をかがめ、ゆっくりとていねいに説明をしながら、一緒に歩いて案内しました。最後に運動場へ出て、咲いている春の草花を見たり、遊具に触れさせたりしました。

 その時です。この子が突然、私の手を握ってきたのです。この突然の出来事に、お母さんも思わず「あっ!」と声を出したのです。どうして私の手を握ってきたのか・・・。私もお母さんもすぐにはわからなかったのですが、しばらくしてお母さんは次のように言われたのです。

 「この子は初めて会う人に対して、自分から手を差し出すようなことはめったにありません。おそらく手を握ったのは、この子の“よろしくお願いします”という意思表示だと思います」

 お母さんのこの言葉は、私の心の中に“ストーン”と落ちました。“言葉にならない言葉”としての“手のぬくもりや感触”こそ、この子の気持ちそのものではないのかと肌で感じたからです。そして、この子がすくすくと6年間を過ごして秘められた可能性を開花するためには、この子とお母さんの学校に対する”願い”や”期待”を、たとえ教職員の異動があっても途切れさせず、学校としてしっかりと引き継いでいくことが必要だと強く思ったのです。
 この時の手のぬくもりや感触は、今でも忘れられません。

 「こども基本法」が、今年(2023年)の4月1日から施行されました。虐待やいじめ、不登校の件数がいっこうに減らない現在の状況がありますが、この法令施行を現状打開の突破口にしていきたいものです。そして、より一層“子ども第一”の学校づくりに邁進したいと、私自身も決意を新たにしています。

 野山の新緑が輝く季節になりました。まるで、子どもたちの“可能性の若芽”が光り輝いているように映ってきます。

 ~ “可能性の若芽”が、すくすくと成長することを願う日 ~  (勝)

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