卒業証書

 「あなたは本校において 小学校の課程を修めましたので ここに証します」

 これは、小学校卒業式の「卒業証書授与」で、児童一人ひとりに手渡す卒業証書の文面です。卒業証書の作成にあたっては、細心の注意を払います。児童の氏名や生年月日に間違いはないか、印が真っすぐに、かつ鮮明に押されているかなど、それはそれは念入りな確認を行います。
 このように、卒業生への深い思いを込めた卒業証書を手渡す時の校長の心境には、感慨深いものがあります。
 ある年の卒業式 ─── 感慨深さとともに、「よくぞ、挙行に漕ぎ着けたな」という心境で迎えた時の記憶が蘇ってきます。

 3月に入り、卒業式の練習が始まろうとしていた頃です。校長だった私は練習に備え、式の流れや壇上での動きを講堂で確認していました。その時、教頭先生が異様な形相で駆けつけてきたのです。私は瞬時にただならぬ事態が起きたことを直感し、すぐに校長室で詳しい状況を聞きました。
─── 卒業間近の6年生児童に辛い思いをさせてしまった。学校として、すぐに児童と保護者に謝罪し、納得していただける解決策を講じる必要がある ───
卒業式まで、あと2週間ほどしかありませんでした。

 それからは、時間との闘いでした。教育委員会や関係諸機関と連携を図りながら、平日の夜だけでなく、休日も返上して事態打開に向け奮闘しました。どこの機関で何を相談し、どのように対応するのが最善なのか・・・。思索し抜いたことを、今でも克明に覚えているほどです。ともかく、その時は死に物狂いでした。ただただ、“素晴らしい小学校生活だったとの思いを持って卒業してほしい”との切なる願いを込めて奮闘していました。
 そして、あと数日で卒業式という時、ようやく解決に向けて一筋の光が見えてきたのです。絶望という暗闇のはるか彼方に、希望輝く光明が射し込んでくるような心境でした。

 このような厳しい状況を乗り越えて迎えた卒業式。「卒業証書授与」の後の「学校長式辞」では、格調高くお祝いの言葉を読み上げるのではなく、“ひとりの人間”として、語りかけるようにして話すことにしました。通常、式辞原稿は学校に残すことが慣例なのでしっかりと仕上げました。しかし、この時は式辞原稿をそのまま読むことはせず、壇上に置いたまま、感情を込めて卒業生に語りかけました。
 「卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。6年間、本当によくがんばりましたね ・・・・・・ すべての人には、その人なりの使命があります。その人ならではの人生には、意味があります ・・・・・・ そして、いつか、どこかで、君たちを必要としている人がいるのです。君たちを待っている人が、間違いなくいるのです。そのための、あなたたちの人生なのです。そのことを忘れないで、これからの人生を歩んでください。最後に、卒業する皆さんに、拙いですが一句を送ります」
 「待っている 人を心に 大空へ」

 私の話が終わると、何と場内の保護者席から拍手が湧き起こったのです。教師になって以来、幾度となく卒業式を経験してきましたが、「学校長式辞」で拍手が起こったのを経験したことはありませんでした。
 卒業式終了後、運動場で卒業生と保護者が和やかに記念写真を撮っている光景を見ていました。すると、2週間前に辛い思いをさせてしまった児童の保護者の方が私のところへ来られ、「素晴らしい卒業式でした。ありがとうございました」と言葉を掛けてくださったのです。私は心で泣きながら、「このたびは、大変申しわけありませんでした。お子さまの素晴らしい前途を祈っております」という言葉をお返ししたことが、今でも忘れられません。その後、教頭先生が私のところに駆け寄って来られ、「校長式辞で拍手があったのは初めてでした」と微笑みながら言われました。

─── 困難な壁に直面しても、誠実に、前向きに取り組んでいけば、必ず壁は乗り越えられる。そして、より一層の高みへと昇ることができる ───
私は卒業式を通して、このように確信を深めたのです。

 いよいよ今年度の卒業式が近づいてきました。長引くコロナ禍の中、教育現場で奮闘されたすべての教職員の皆さまへも、卒業証書を贈りたい気持ちでいっぱいになります。
「あなたは子どもに寄り添い あたたかく包み込み育まれましたので ここに証します」

 あわせて、拙いですが、一句を贈らせていただきます。
 「羽ばたく子 つつみはぐくむ 尊さや」

~ 「社会貢献の翼で羽ばたけ!」と願う、3.11が近づく日 ~  (勝)

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