レジリエンス

 梅雨の季節になると、雨音をかき消すようにふたつの“にぎやかな合唱”が聞こえてきます。ひとつは、梅雨を待ちわびたかのような嬉しさを、水を張った田んぼから、あたり一面に響き渡らせる“カエルの合唱”。そしてもうひとつは、親鳥が運んでくる餌が欲しくて、口を大きく開けながら、懸命に鳴いている“子ツバメの合唱”。この時季ならではの、生命力に満ちた自然界の営みを感じる今日この頃です。
 そんな中、親鳥に見守られながら、早くも子ツバメが巣立ち始めました。まだまだおぼつかない羽ばたきのため、時折吹く風に煽られて体勢が定まらないようでした。その様子を見て思わず、「困難・試練の風に負けないで、早くたくましくなれ!」と心の中で叫んでいました。いや、「困難・試練の風があるからこそ、強くたくましくなれるのだ!」との思いにもなったのでした。

 未だかつて経験したことがなく、想像を絶する甚大な被害をもたらした東日本大震災の3年後──。当時、私が校長を務めていた小学校が、岩手県陸前高田市の横田小・中学校との交流を始めました。そして、児童・保護者・地域の方と教職員みんなで育てた「忘れな草」(被災地を忘れないという意味を込めて)を携えて私が代表として出向き、贈呈式が行われました。「忘れな草」は横田小・中学校だけでなく、復興を願う学校近隣の仮設店舗にも贈呈しました。
 そのうちのひとつ、地元のお寿司屋さんの店主の言葉は、今も忘れることができません。
 「震災の時はあまりにも突然に、人も建物も何もかもがなくなり、“神も仏もない”と、ただただ放心状態になりました。しかし、今、このように生きているということに感謝し、お亡くなりになられた方々の人生をも背負う気持ちで精一杯生きています。私の残された人生の意味があると思えるようになったのです。これからも、前を向いて生きていこうと思っています」

 同じように、現地で出会った人々や児童・生徒たちからは、”耐えがたい悲しみや苦しみがあるけれど、それでも希望に向かって歩んでいくんだ”という深い深い心情を肌で感じることができました。
 そして、私は心に誓ったのです。この時、肌で感じたものを決して忘れてはならないと。いや、単に忘れないという心の持ち方ではなく、今後、私の前にいかなる“困難の壁“が立ちはだかっても、それを乗り越えていく生き方こそが、東北の方々のことを“本当に忘れない”ということなのだとの思いに至ったのです。
 東日本大震災以降、「レジリエンス」という言葉をよく耳にするようになりました。災害を乗り越えるための概念として注目され、「困難を乗り越える力」と訳されています。変化が激しく予測不可能な時代と言われる今、自身の「レジリエンス」を引き出す生き方が、未来を切り拓いていく上で重要と思われてなりません。

 先日、大阪市の教育全体に関わっている方と懇談する機会に恵まれ、これからの教育活動についての考え方や思いをお聞かせいただきました。そこでお話された次のような主旨の言葉が、”熱き思い”として私の心深くに響きました。
 「レジリエンスという言葉があると思うんです・・・レジリエンスの中で、前向きに頑張る力であるとか、感情を調整する力であるとか、そういうことを個人の中で育成すること・・・前を向いてより良い自分をつくっていけるような力があれば、子どもはその場所の中で生きていける・・・学校がどういう子どもを育てるのかを、地域や家庭にどう発信していくかというのは非常に大きなことだと思います」

 新学期が始まり2ヶ月が過ぎました。教職員の皆さまにおかれましては、順調に進んでいることもあれば、思うようにいかず立ち止まっていることもあろうかと思います。どうか、心身ともにご健康で、着実に乗り越えていかれることを祈るばかりです。

 梅雨の晴れ間は、ひときわ太陽の光がまぶしく感じられます。そんな陽光に照らされた大樹を見ていると、厳しい雨風にも屈せずに、見事に乗り越えたたくましさを感じます。子どもたちも自らの課題を乗り越えて、“大きく強くたくましく”育って欲しいと、切に願います。

 ~ 大樹の如く、大きく強くたくましくと、願う日 ~  (勝)

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