要(かなめ)は「教職員集団」

 「非常事態になって、普段は気づかなかったことが見えてくる」とは、このコロナ禍でしばしば耳にしている言葉です。当たり前のことが当たり前ではなくなった時、平常な日々のありがたみを実感するからでしょう。なかでも、人と人とが互いに顔を見ながら語り合うことの大切さを、コロナ禍でしみじみと実感した方は多いのではないでしょうか。

 さて、運動会が近づくこの時季になると、昨日のように蘇る光景があります。
 それは、私が校長を務めた小学校での運動会当日のことです。その日は朝からどんよりと曇った空で、「決行すべきか、延期すべきか」という難しい判断に迫られていました。「今日は、1日中曇り模様」という気象情報をもとにして教職員と協議し、最終的には校長として、「運動会は決行、もし雨が降り出したら種目・演目を絞り、プログラムを変え、“午前中のみの開催”とする」との判断を下しました。保護者や地域の方は、日曜日にしか運動会を参観できない方が多い等のことを鑑みての判断でした。

 例年とは違う状況のもと、開会式が始まりました。オープニングは、児童の入場行進です。私は行進を見守るために朝礼台に上がり、整然と並んで行進している児童にじっと視線を注いでいました。一方で心の中では、「どうか、今日1日は雨が降りませんように」と祈る気持ちでいたのです。
 校旗を先頭に1年生から行進が始まり、2年生、3年生と続いていきました。そして、行進最後の6年生入場の時です。ポツリポツリと雨が降り出したのです。気象情報では「1日中曇り模様」となっていたので、そのうちに止むだろうという、楽観的な気持ちが心の片隅にありました。
 行進が終わって全学年が朝礼台の前に整列し、小雨の中で開会式のプログラムが進行していきました。その時です。あるご年配の方が、私が立っていた朝礼台の下まで近づいてこられたのです。そして私を見上げながら小声で、「校長さん、あなたは私の孫に風邪をひかせるつもりですか」という主旨のことを言われたのです。
 開会式のプログラムが進行する中で、雨は一向に止む気配がなく、むしろ強くなりつつありました。低学年児童の祖父と思われるその方の言われる通り、確かに低学年の児童にとって、いや、高学年であっても、雨に打たれながら身動きせずに運動場に整列していることは、身体にこたえることだとの思いが込み上げてきました。
 開会式が終わると、すぐに管理職と各学年主任・体育主任で協議し、「2日後の予備日に延期」を決定しました。

 私は、その時に強く思ったことがふたつあります。ひとつは、非常時にとっさの判断を迫られる場面は、今後も必ず訪れる ─── その際の判断基準は、“子どもの命の安全第一”であるということです。当然と言えばあまりにも当然なのですが、いざという時でも“子どもの命の安全第一”が念頭にある状態をつくりだすためには、学校として教育哲学のような基本理念を掲げておく必要があると思ったのです。学校が目指すべき目標(学校目標)より上位の概念、いわば学校全体の教育構想を包括するもの、そして基準ではなく“絶対的な価値”と言えるもの ─── 意識しなくてもすぐに浮かんでくる、単純明解で覚えやすい言葉が必要であると思ったのです。
 この日の強い思いは、後に、「誰も置き去りにしない」という学校の基本理念の設定につながりました。
 もうひとつは、保護者・地域との信頼関係構築が、より良い教育環境を整える・つくることにつながるということです。我々は、子どもや保護者・地域の方々のことを考えに考え、何回も何回も職員会議を重ねて運動会当日を迎えました。そしてかけられた、「校長さん、あなたは私の孫に風邪をひかせるつもりですか」との言葉は、万全を期して開会式を進めている最中、予期せぬ形で言われたこともあって私の心深くまで刺さってきたのです。
 もし、その方と学校とが、強くて豊かな信頼関係で結ばれていたなら、もう少し違ったタイミングと言葉で、私に語りかけてくれたのではないだろうかと思ったのです。この出来事によって、より一層、学校が保護者・地域と、強くて豊かな信頼関係を築く重要性を痛感したのです。

 では、そのために何が必要か。それは、全教職員が互いに麗しい信頼関係で結ばれていることだと常に思ってきました。もし、教職員同士が心通い合っていなければ、保護者・地域の方々と心通い合わせることなどできないでしょう。故に、学校が保護者・地域と信頼関係を築く上での“要”(かなめ)は、「教職員集団の麗しい信頼関係で結ばれた絶妙な人間関係」であると言えるのです。
 そして、絶妙な人間関係を築くために不可欠なのが、「同じ方向を向く」ことです。教職員集団と一口に言っても、教諭、事務職員、給食調理員、管理作業員、教育支援員等、それぞれ立場や役割が違います。しかし、全教職員が“子どものため”という「同じ方向を向く」ことで、立場や役割の違いを乗り越え、麗しい信頼関係で結ばれた絶妙な人間関係が築かれていくのです。
 その過程のさまざまな場面で“橋渡し“をするのが管理職の役割ではないでしょうか。私はそう思っていました。そこで心掛けていたのは、場と時を工夫して、教職員の皆さまに可能な限り声掛けをするということでした。さらに、担任の皆さまとは週指導計画案(通称「週案」)でのつながりを欠かさないということでした。なかでも「反省・感想欄」へのコメント記述は、私と担任との“ホットライン”であり“生命線”と捉えて、精一杯の励ましやアドバイスを書き込みました。それが、教職員集団の信頼関係を築くための“橋渡し”として、一役を担ったものと確信しています。

 教職員集団の麗しい信頼関係で結ばれた絶妙な人間関係は、保護者・地域の方々から、“さわやかなハーモニーを奏でる教職員集団”と見えるに違いないと、想像を巡らした日々が懐かしく蘇ってきます。

 風に揺れるコスモスに、深まりつつある秋を感じます。コスモスの花言葉は「調和(ハーモニー)」です。

 ~ 教職員のハーモニーこそ、要(かなめ)と思い巡らす日 ~  (勝)

※週指導計画案(通称「週案」)へのコメント記述について、本コラムの「ホットライン」(2020.10.20)でも詳しく触れています。

column_220930

皆さまの声をお聞かせください