手の跡、足の跡

 「おいでおいで、こっちにおいで、見てごらん、秋がやってきたよ」 ─── 手のひらの様な稲穂が、まるで手招きするように秋風になびく季節になりました。そして「傲慢になったらいけないよ」と言わんばかりに、頭を下げ、たわわに実った黄金色の穂が青空とみごとなコントラストを描いています。秋の到来です。
 「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉がありますが、教育現場に長年身を置いていた私は、「暑さ寒さも運動会まで」との思いを抱いていました。毎年、運動会が終了した時季に、秋のさわやかな風を感じたものです。また、運動会は季節の変わり目であるとともに、一年間の学校生活の変わり目でもあります。4月に学校生活がスタートして、子どもたちが心身共に一歩大きくなる「成長点」が運動会でもあるのです。

 私が小学校の校長を務めていた頃の、心に残っている光景があります。運動会が近づいたある日の午後、校庭を歩いていると地面に手の跡、足の跡がいくつも残っていました。手のひらの形、靴の裏側の模様までくっきりと残っていたのです。子どもたちの運動会練習の跡でした。地面に刻みつけられたくぼみ・・・その痕跡をしみじみと眺めていると、子どもたちが練習で踏ん張って流した汗が目に浮かんできました。“手足の跡”は“汗の跡”でもあったのです。苦しくても最後まであきらめない強い気持ちや、みんなで力を合わせてやり遂げる執念までも、手にとるように鮮やかに、心に映し出されてきたのです。「苦しさ暑さに負けず、がんばれ!がんばれ!」と、心の中で叫ばずにはおれませんでした。
 運動会は、1年間の中でも大きな学校行事のひとつです。日常の授業はもちろんですが、子どもたちは、行事を通して大きく成長していきます。運動会は何のためにあるのか?それは、“乗り越え、やり遂げる力”“心をひとつにする力”をつけるためでもあるのではないでしょうか。昨年に引き続き、今年の運動会もコロナ禍の中での、例年とは違った状況での開催になります。だからこそ、より一層の“乗り越え、やり遂げる力”“心をひとつにする力”をつけて欲しいと願わずにはおれません。
 成長といっても、目に見える成長もあれば、目に見えない成長もあります。言い換えれば、目に見えない成長の積み重ねの結果が、目に見える成長として表れてくるのではないでしょうか。運動会当日の子どもたちの素晴らしい演技・競技は、練習を通して“目に見えない成長”を積み重ねてきた結果の“目に見える成長”の姿であると、教員だった頃から毎年感じていました。

 運動会の閉会式では“校長としての言葉”を述べますが、そのとき心掛けたことがふたつあります。ひとつは、子どもたちが最も練習時間を費やした「団体演技」に絞って、“本番までの練習を通して、どれだけ成長したか“を話すことにしていました。保護者や地域の方、また来賓にとっては、当日の演技しか見ていないのであり、子どもたちが当日まで“苦しさや暑さに負けずにがんばってきた姿”を、できるだけ具体的なことばで伝えたかったのです。そのため私は可能な限り、各学年の練習の様子を目に焼き付けてきました。
 もうひとつは、それぞれの演技に対して“賞”をつけることでした。これは各学年の演技を象徴した、<わかりやすい>言葉で“賞”をつけることで、保護者・地域・来賓の方々はもちろん、なによりも子どもたちにとって最も励みになると思ったからです。

 そこで、ある運動会での賞と、その根拠となった演技に対する当時の心境をご紹介します。具体的なイメージをつかんでいただければありがたいです。

─── 1年生「とってもかわいかったで賞」
 小学校に入学して初めての運動会、かわいさがあふれる演技に心温かくなりました。
─── 2年生「お兄さんお姉さんになったで賞」
 ひとつ学年が上がり、お兄さんお姉さんになった、ひとつ成長した演技に心打たれました。
─── 3年生「とってもカラフルで美しかったで賞」
 ハンカチやポンポン等を使ってのカラフルな演技の美しさに、拍手喝さいをおくりました。
─── 4年生「とてもリズムよく踊れたで賞」
 整った行進、隊形変化を駆使したリズミカルな演技、その見事さに圧倒されました。
─── 5年生「かっこよかったです!さすが高学年の演技だったで賞」
 規律の中にも力強さにあふれる高学年としての、かっこいい演技に心が震えました。
─── 6年生「涙が出るほどの感動をありがとう!さすが最高学年の演技だったで賞」
 運動会の花は何と言っても「組体操」。最高学年としてのその団結の美しさと演技のたくましさに、涙が出るほど感動しました。

 運動会の閉会式は、やり遂げた満足感と終わったという達成感に包まれるものですが、低学年にとっては、一日中の行事であるため少し疲れている子が多いのも事実です。そんな雰囲気の閉会式ですが、各学年の本番までの“見えない成長”や“賞”を発表することで、最後まで盛り上がり、拍手喝さいの雰囲気で運動会を終えることができたのです。
 閉会式終了後、私のもとに当時のPTA会長が駆け寄ってきてかけられた言葉が今でも忘れられません。
 「校長先生、感動しました。涙が出ました。私の子どもは組体操をしましたが、校長先生がつけられた賞は、3月に卒業する子どもにとって忘れられないものとなりました。ありがとうございました」

 ~ 運動会を通して一歩成長の秋に、と願う中秋の日 ~  (勝)

中秋

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