電車を眺める少年

 コロナ感染が再び広がっている厳しい状況の中で、学校では2学期がスタートしようとしています。長引くコロナ禍での新学期スタートは、気持ちをコントロールするのが大変かも知れません。どうか、押し寄せる試練・困難に負けないでと切に願い、心から祈ります。

 それは、私が小学校の校長を務めていたある日の出来事です。私はその日の勤務を終え、最寄りの駅で電車を待っていました。ふと構内を見渡すと、本校の特別支援学級在籍の児童が、プラットホームで出入りする電車を眺めていたのです。不思議に思い本人に尋ねてみると、「お母さんに怒られて、むしゃくしゃしたとき、電車を見ると落ち着くねん」とのことでした。この子なりに気持ちのコントロールの仕方を身につけている・・・私はそのことに驚くとともに、彼に対して尊敬の念さえも湧いてきたのを、今でも鮮明に覚えています。
 気持ちのコントロールは大人でも難しいものです。ストレスの多い現代社会において、いかに自分の気持ちをコントロールするかは、社会人にとって必要な能力のひとつだと思います。特にコロナ禍の今、なおさらその思いを強くしていますが、当時この少年が小学生ながらその術を身につけていることに、“子どもに秘められた無限の可能性”を感じたのです。
 “すべての子どもには無限の可能性が必ずある。今はあくまでも成長する過程の「仮の姿」である”と、私は常々思ってきました。この「子ども観」を基にすると、”すべての子どもの命は尊い。だからお互いに命を尊重し合わなければならない”との結論に至ってきます。この視点を持って子どもたちと接すれば、「私には凄い可能性があるから、となりの子、あの子にも同じように限りない可能性がある。みんないっしょなんだ。だから、みんなと仲よく助け合い認め合っていかなければならない」との思いに、子どもたちがなるのではないでしょうか。そして、気持ちを上手にコントロールし、他者への思いやりを身につけた大人になれるのではないでしょうか。

 さて、東京パラリンピックの開幕を迎えました。東京オリンピックと同様に、コロナ禍の最中での開催に賛否両論はありますが、体の障がいを抱えながらも限界に挑戦するアスリートたちの姿は美しく、そこに尊さを感じるのは私だけではないでしょう。競技するアスリートの“今の姿”そのものにも感動を覚えますが、私はもう一歩深く、“ここまでに至った物語”にも心を向けたいと思います。アスリートの方々の、想像を絶する数々の試練・困難を乗り越えた“それぞれの物語”にまで、心を向けたいと思うのです。

 「19 歳の時に私の人生は一変しました。私は陸上選手で、水泳もしていました。また、チアリーダーでもありました。そして、初めて足首に痛みを感じてからたった数週間のうちに、骨肉腫により足を失ってしまいました。
 もちろん、それは過酷なことで、絶望の淵に沈みました。でもそれは大学に戻り、陸上に取り組むまでのことでした。
 私は目標を決め、それを越えることに喜びを感じ、新しい自信が生まれました。そして何より、私にとって大切なのは… 私が持っているものであって、 私が失ったものではないということを学びました。私はアテネと北京のパラリンピック大会に出場しました。スポーツの力に感動させられた私は、恵まれていると感じました。」(注1)

 これは2013年9月、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会がIOC総会で最終プレゼンを行った際の、佐藤真海選手(現姓:谷、パラリンピック走幅跳選手)のスピーチの一部です。(抜粋になりましたが、ぜひ全文を読んでいただきたいと思います)
 このスピーチにある「私にとって大切なのは… 私が持っているものであって、私が失ったものではない」という言葉が、私の心の深いところに響いてきます。おそらく佐藤選手はこれを信念とし、心の支えにしてアスリートの道を歩まれたのではないでしょうか。そして“自分の可能性を開花”させたのではないでしょうか。
 パラリンピックの競技種目には、当然それぞれにルールがあります。また、障害の程度に応じたクラス分けなどがあり、その「共通の条件」の下で“ようい、ドン!”になるのです。しかし、アスリートの方々の障がいの状況は、同じ競技条件の中にあっても、選手それぞれ微妙に違いがあるように思います。体のある部分を失っている、体のある機能を失っているといっても、選手ごとに微妙な違いがあるように感じます。でも、競技するアスリートの“今の姿”を見ると、微妙な違いを乗り越えた“美しさ”を感じます。アスリートの方々が、それぞれに秘めていた可能性を開花させた“荘厳さ”が感じられます。言うに言えない試練・困難を乗り越えてきた結果であると、しみじみ感じるのです。

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 コロナ禍で、教育活動や学校行事がなくなったり、縮小・延期になったりしていますが、「私にとって大切なのは… 私が持っているものであって、私が失ったものではない」の言葉を今一度かみしめて、2学期をスタートしてほしいと願います。

 最後になりましたが、冒頭で紹介した電車を眺めていた少年は、その後、成人して立派な人生を歩んでいます。

 ~ 「コロナに負けず“可能性開花”の2学期で」と、願う日 ~ (勝)

(注1)HUFFPOSTホームページ、2013年9月7日掲載、2013年12月19日更新、「オリンピック東京プレゼン全文、安倍首相や猪瀬知事は何を話した?(IOC総会・プレゼン内容)」の記事から引用。

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