宇宙船地球号

 ── 東の空をあかね色に染めながら、水平線の彼方に朝の太陽が昇ってきました。太陽はみるみると輝きを増し、子どもたちの顔もあかね色に染め上げていきました。
 これは、私が小学校の校長を務めていた時、修学旅行の宿泊地・伊勢志摩の海で子どもたちと眺めた光景です。修学旅行2日目の朝、この浜辺で行った朝会で、私は子どもたちに語りました。
 「海の向こう側には、いろいろな国があります。皆さんはもうすぐ卒業しますが、将来、世界の国々へ行って、世界の人々をつないで欲しいと願います」
 修学旅行は、6年間の小学校生活で1番の思い出として心の中に残る学校行事です。そして子どもたちの未来の舞台は”世界”です。だからこそ、子どもたちの心の中で“世界へ思いを馳せる”きっかけにして欲しいという願いがありました。

宇宙船地球号

 宇宙飛行士の向井千秋さんは、世界を舞台に活躍されている日本人女性初の宇宙飛行士です。かつて、宇宙船から地球を眺めた時の印象について、次のように応えています。
 「昼間の地球は、よく言われるブループラネットで、青色が言葉にならない美しさです。だけど夜の地球も幻想的で、とくにアマゾンの上あたりは雷の光がまるでなにか生きものがうごめいているように見えるんです」(注1)
 「地球と自分との間には外に出たら死んでしまう宇宙空間があるわけです。すると自ずと自分が生まれた星ってこんなにも美しくて、その星にやさしく保護されていたんだと、そう思わざるを得ない。だから宇宙飛行士はみんな帰ってくると、哲学者になっちゃう(笑)」(注2)
 地球に暮らす我々は、まさに“宇宙船地球号”の同じ乗組員なのです。その一員として、このかけがえのない美しい地球上から、争いのない日が1日も早く訪れることを願わずにはおれません。この願いは、単なる「理想」として終わらせてはならないと強く思います。実際に宇宙から地球を眺めた向井さんの貴重な“肌感覚”を、どれだけ自分のものとしてイメージしていけるかが、「理想」として終わらせないカギだと思っています。

 今、東京オリンピックの真っ最中です。
 「スポーツを通して心身を向上させ、さらには文化・国籍など様々な差異を超え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって理解し合うことで、平和でよりよい世界の実現に貢献する」(注3)
 これは、近代オリンピックの父と呼ばれるクーベルタンが提唱した、オリンピックのあるべき姿です。
 日々届けられるオリンピックの競技映像からは、勝敗に関係なく、人種や国籍、言語や男女の違いを乗り越えた美しく感動的な姿を“実感”することができます。この“実感”から具体的な第一歩を踏み出すことこそ、世界中で起こっている争いや、差別・分断・格差などの問題を打破するカギだとの思いを強くします。第一歩は、多様な立場を認め合い、“目の前の一人”に対して“差異を越えた友情”を抱くことだと痛感します。
 競技を終えたアスリートに対するインタビューでは、「支えてくださった多くの方々のおかげです。感謝の気持ちしかありません」という言葉が多く語られています。開催が賛否両論の今回のオリンピックですが、“多様性を尊重し合った美しく感動的な姿”と“競技を支えている方への感謝の気持ち”を、未来に生きる子どもたちに、リアルタイムで“実感”して欲しいと願っています。

 さて、子どもたちにとって、一番身近な、お父さん・お母さん・家族の方々こそ、“目の前の一人”ではないでしょうか。
 「お父さん・お母さん・家族の方々に感謝の気持ちを持つことができれば、子どもたちの今後の人生は紆余曲折はあっても、最終的には間違いなく、正しく真っ直ぐに歩んでいける」
 このように、私は事あるごとに、子どもたちや保護者・地域の方に語ってきました。
 冒頭で紹介した修学旅行の朝会では、互いに交わす朝のあいさつの時、私はいつも子どもたちに次のように言いました。
 「ここから、大阪の方角に向いて、みなさんのお父さん、お母さん、ご家族の方々に朝のあいさつをしましょう」
 遥か伊勢の地で、大阪の方角に向いて朝のあいさつをすることで、お父さん・お母さん・家族の方々への感謝の気持ちを深めて欲しいとの思いから行ってきたのです。その時私は、心の中で合掌しながら、“世界の多くの人々と心を結び合って平和な世の中を築いて欲しい”と祈っていました。

 ~世の平和を祈る、8月の6日~ (勝)

(注1)(注2)国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所の広報誌「季刊 森林総研 No.46」、2019年9月13日発行、巻頭対談「宇宙から考える地球の未来」4頁から引用。
(注3)公益財団法人 日本オリンピック委員会ホームページ、オリンピズム>クーベルタンとオリンピズム>「オリンピズム~オリンピックのあるべき姿」から引用。

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