肌感覚

 世の中は情報化社会です。正確な情報をより多く受け止めて、的確な判断を下すことが、安全・安心で豊かな人生を築いていくために重要です。加えて、ものごとの本質を見極めるという点では、五感を駆使した“肌感覚”で捉えることがますます必要になると痛感します。

 「おや、はっぱの うえに ちっちゃな たまご。」
 おつきさまが、そらから みて いいました。
 おひさまが のぼって あたたかい にちようびの あさです。
 ぽん! と たまごから、ちっぽけな あおむしが うまれました。
 あおむしは おなかが ぺっこぺこ。(注1)

 この文は私が校長の時に、「朝の読み聞かせ」を“肌感覚” で捉えたいとの思いで読んだ、児童書の名作『はらぺこあおむし』(エリック・カール 作)の冒頭の部分です。
 今の教育現場では、地域の図書館ボランティアの方と連携して、図書館の活用による読書活動の充実化を図っています。その一環として、私が校長を務めた学校では、授業が始まる前の時間を使ってボランティアの方が「朝の読み聞かせ」を行い、子どもたちにとっては楽しみな時間となっていました。
 読み聞かせは担任時代にも行っていたのですが、何年かぶりに子どもたちの前で読んでみると、担任時代とはまた違った発見や驚きがありました。一言一言を聞きもらすまいと真剣に耳を傾け、じっと読み手の方に目を凝らしている子どもたち。楽しい場面では大いに笑い、悲しい場面では泣きそうになる、健気でまっすぐな子どもたちの美しい表情に心打たれました。そしてまた、子どもたちに絵を見せるようにして読むので、ずっしりと腕にかかる本の重さを支えながらページをめくることの難しさを感じました。ボランティアの方々の「朝の読み聞かせ」のご苦労を“肌感覚”で捉えることができたのです。
 学校ではICT機器の導入が進み、タブレット端末を使ったオンライン授業が行われるようになりました。しかしそんな時代だからこそ、実物の「本」を通して感性を磨くことも一方で必要なのではないでしょうか。読み聞かせや読書を通しての、「ページをめくる」「黙読したり声を出したりして読む」「行と行との間からイメージする」といったことは、タブレットで読むのとは違い、全身の“五感を駆使して”本の世界へ入り込む体験ができると思うのです。

 “肌感覚”といえば、思い出す光景があります。校長を務めた学校の校長室は、 “心がもやもやした”子どものための居場所になればとの思いで、常に開放してありました。全国学力テストを間近にひかえたある日、A子さんが校長室に来ました。
 「もうすぐ、学力テストがあるけれど、いつも点数が良くないから受けるのがいややねん」と言うのです。その辛い気持ちを聞いた私はA子さんに、
 「学力はこれからの自分の人生で非常に大事になってくるから、頑張って受けてね」そう言ったものの、心の中では、(この子の良さは、、友だちにはやさしく、当番活動は誰よりも一生懸命にするところだ。友だちや人のために汗を流せる、この“肌感覚”こそ、この子の良さだ)との思いが込みあげてきました。
 学力に対する私の一貫した考えは、“何のために学ぶのか”を常に子どもたちに問いかけながら、学習意欲の喚起を図っていくことが大切であるということです。“何のために学ぶのか” ── それは「社会貢献への意識」と「誰しも世の中での役割がある」という視点です。誰よりも“肌感覚”が優れているA子さんのこの良さこそ、これらの視点に直結していると思ったのです。
 予測不可能な今後の社会で生き抜いていくには、「学力の向上」が喫緊の課題です。そのためには、「全国平均」「市平均」「偏差値」等の数字で学力を評価することは当然必要です。しかし、もし子どもの可能性を数字やグラフだけで判断してしまい、その子の良さを引き出せなければ本末転倒であると思うのです。いじめ、不登校の問題も、点数や成績の序列だけで判断していくことに遠因があると思えてなりません。

 今、新型コロナウイルスの全国での感染状況が、「新規感染者数」「重症者数」「死亡者数」とともに連日報道されています。安全・安心な日常生活を送るためには、リアルタイムでの正確な情報入手が欠かせないのですが、ついつい「今日の数は少なかった」「下がる傾向になってきた」と、数字やグラフだけで状況を判断しがちになります。しかし、数字の「1」は、単なる「1」ではなく、“一人の命、一人の人生、一人の生活”の重さを表しているのであり、数字やグラフから“命の重み”を感じとる、まさに、“肌感覚”で捉えることが重要であると痛感します。数字を変化としてだけ捉えるのではなく、“実感をともなった”意識で捉えることが、今とても大切なことと思えてなりません。
 人は子どもから大人になるにつれ、五感を駆使するのではなく、それまでの知識や経験で考え判断することが多くなっていくものです。だからこそ、一方で“肌感覚”で捉える機会を増やす心掛けも必要だと思います。ものごとの本質を見極め、それが何を意味するものなのかという深い洞察力を磨くためにも、“肌感覚” で捉える機会を増やす必要性を感じるのです。

 さて、冒頭の「はらぺこあおむし」は、おなかいっぱいにお菓子や果物、葉っぱを食べて、最後には“きれいなちょうちょう”になります。無限の可能性を秘めた子どもたちも、“心や体の栄養”をいっぱいにたくわえて、未来の大空へ“きれいなちょうちょう”となって羽ばたいて欲しいと、願わずにはおれません。

 ~七夕の星空に子らの幸を祈る日~ (勝)

七夕

(注1)「はらぺこあおむし」 エリック・カール 作、もり ひさし 訳、偕成社、1997年9月発行、2021年4月 2版254刷、本文冒頭部分から引用。

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