寒風の中でも

 寒い季節になると、思い出す光景があります。それは、校長として、毎朝校門に立ち登校してくる子どもたちを出迎えて、朝の挨拶を交わしていた光景です。

 「校長先生、今朝、氷が張っていたわ」と言って、氷を素手で持って見せる子。「今日は、私の誕生日やねん」と言って、笑顔を満面に浮かべて、嬉しそうに伝えてくれる子。多くの子が背中を丸めて寒そうに登校してくるのですが、半そでのポロシャツ一枚で元気に登校してくる子。それはそれは丁寧に深々とおじぎをしながら、「あはようございます」と挨拶をしてくる子、等々。

 そんな中、地域の方に手を引かれて連れてこられる、遅刻しそうな低学年の子。何らかの理由で学校へ行きたくなくなり、親御さんになぐさめられながら泣いて来る子。これらの子どもたちは、不思議にも一歩校門をくぐると、元気よく駆け出して教室へ向かうのです。学校までの“心の長い道のり”を、地域・保護者の方の支えがあって乗り越えることができたと、その時、つくづく感じるのでした。
寒さが身に染みる朝でしたが、心あたたまる光景を毎朝のように、見ることができました。こんな光景が生まれたのは、地域や保護者の方が、暑い日も寒い日も、また、雨風の日も登下校を見守ってくださっていたからでした。地域・保護者の方の“あたたかい見守りの眼差し”で、包まれていたからでした。人々のあたたかい心の結びつきが必要な時代だからこそ、今、この有難さがしみじみと感じられます。

 冬の語源は、「殖(ふ)ゆ」にあるといわれています。「殖」の字には、生物が「増える、育つ、伸びる」という意味があるそうです。生物は、冬の間に、春に備えて着々と成長する準備をしている・・・。冬は、春の芽吹きのためには、大切な、季節であると言えます。人の生き方にも通じるものを感じます。
 「国語は嫌いだ」「算数は難しい」「鉄棒ができない」等と、子どもたちは、それぞれに苦手意識を持っています。でも、「今、悩んでいることには意味があるんだよ」「あなたの今の壁を乗り越えたら、大きく成長するんだよ」と、教職員、保護者・地域の方の“あたたかい励まし”の言葉は、子どもたちの可能性をぐんぐんと伸ばすことでしょう。

 庭の片隅に水仙が咲き始めました。寒風の中でも、可憐な美しさを表現しています。いや、寒風の中だからこそ、水仙は美しいのでしょう。寒風の中の美しさには、深い味わいがあります。

 寒ければ寒いほど、寒さに耐えた梅は美しいと言います。梅のつぼみもふくらみかけています。

 さあ、近づく春を感じながら、寒風の中を胸はって、春に向かって歩んでいきましょう。

 ~ 春を待つ草花の“声”を聴く日 ~  (勝)

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