頂上から眺めた風景

 新しい年があけました。新年早々、新型コロナウイルスの新たな変異株による感染拡大で不安と緊張のスタートとなりましたが、教育現場の皆さま、どうか今年も心身ともにご健康でと願っています。

 それは、私が小学校で高学年の担任をしていた夏、ハチ高原(兵庫県養父市)の林間学校での出来事です。現地初日の活動プログラムに、鉢伏山頂上への登山がありました。自然体験の醍醐味であるこのプログラムは、都会の子どもたちには是が非でも味わわせてあげたいものでした。ところが、その日の天気は曇りだったのです。翌日へ延期することも考えたのですが、あいにく雨の予報でした。2泊3日の林間学校で登山を実施できるのはこの日しかなく、他に選択の余地はありませんでした。安全と自然体験のどちらを優先するかを、現地の気象に詳しい宿舎の方の意見を聞きながら管理職を囲んで熟慮した末、学校長が「決行」の最終判断を下しました。
 曇り空の中、雨具を携えながら登山を開始しましたが、「雨が降り出しからどうしようか」「かみなりが鳴ったらどこへ避難するのか」「子どもたちの安全は大丈夫か」等の不安を抱きながら、一歩一歩の足取りで頂上を目指したのでした。登山道は曇りのため見通しが悪く、気温も低くなっており、
 「先生、大丈夫かな」
 「先生、頂上まで行けるかな」
 「先生、晴れて欲しいなあ」
といった子どものつぶやきが、あちらこちらから聞こえてきました。私は心の中で、“晴れてくれ!晴れてくれ!”と祈りながら黙々と登っていきました。
 頂上近くにさしかかった頃です。なんと、雲が切れ青空が見え始めたのです。その後は、信じられないくらいの早さで、青空が一面に広がり、太陽が顔を出し気温も高くなっていきました。“祈りは天に通じた、ありがとう!”との思いが私に湧いてきたのを覚えています。
 間もなく、頂上に無事到着。重く悶々とした思いで登ってきた気持ちとは対照的に、山頂から眺めた夏のハチ高原の風景は、まさに絶景でした。眼下に見える高原の緑、正面にそびえる兵庫県最高峰の氷ノ山、空一面の青空。そして、あたたかく輝く太陽。このときの風景は、今でも忘れられないシーンとして心の中に残っています。
 「先生、晴れてよかったね」
 「先生、きれいな景色やな」
 「先生、しんどかったけれど、登ってよかったわ」
これらの子どもたちの“喜びの声”が、私の周りを取り囲みました。
 私は常々、こどもたちには“少し難しくても、心に残る言葉を語りたい”と思ってきました。特に高学年ではななおさら、“これからの人生のために、心に残る言葉を残したい”との思いを強く持っていました。
 「最初は曇りで寒く、つらい気持ちで登ったけれど、最後まであきらめずに登り切ったら、天気は晴れ、素晴らしい景色を見ることができたね」
 「これは人生と同じだよ。これからの皆さんの人生は、おそらくつらく苦しいことが多いかもしれませんが、あきらめずに歩み続けると、いつかきっと、晴れわたる人生になるんだよ」
 「そして、皆さんの人生に太陽が昇るのです」
このような言葉を、周りを取り囲んでいた子どもたちに、しみじみと語りました。しかし、子どもたちの反応はまちまちで、“なるほど”という顔もあれば、“先生、言っている意味がわかりません”という顔。当然、後者の顔の方が多かったのですが、それでも、“そうか、あの時の先生の言葉は、こういう意味だったのか”と、将来大人になって、いつの日か思い出してくれればいいと思って語りました。

 今、教育現場では学力向上、いじめ、不登校等々といった課題に加え、オミクロン株という新たな変異株の急拡大を受けて、押し寄せる課題は山積です。しかし、これら課題の山々を登り切った後に見える風景は、これまで誰も経験したことのない“心に刻まれる絶景”であり、“生涯忘れ得ない圧巻の光景”であることに違いありません。どうか、この一年、その絶景、圧巻の光景を心に抱きながら、日々の目の前の現実の課題に決して無理はせず、ひとつひとつ着実に取り組んでいかれることを、切に切に願います。

Mt.Fuji

 「かたつむり そろそろ登れ 富士の山」  小林一茶(注1)
 (小さなかたつむりでも、自分の早さで無理せずに、ゆっくりゆっくりと歩んでいくと、いつかは富士山のような山にも登ることができる)

 全国に先駆けて、沖縄では桜の花が咲き始めました。春が芽吹き始めました。さあ、「希望の春」に向かって、みんなで仲良くスクラムを組みながら、歩んでいきましょう。

 ~ 「今年こそは、笑顔溢れる日常を、と願う日」 ~  (勝)

(注1)国立国会図書館デジタルコレクション所蔵、「季題別年代考 一茶俳句集」、半田良平 編、紅玉堂書店、1925年11月出版、34頁から引用(標記変更)。

皆さまの声をお聞かせください