真夏の陽射しが照りつけるなか、セミの声があちらこちらで響いています。子どもたち、そして教職員の皆さまにとって、この夏が実り多いものになることを願っています。そんな夏の日々を過ごしていると、私には思い出す出来事があります。
それは、私が小学校高学年の担任として、林間学舎へ引率したときのことです。大阪から3時間ほどバスに揺られ、自然豊かな高原の宿舎に着くと、普段とは異なる環境に子どもたちは大はしゃぎでした。そして、「どんな部屋で友だちと一緒に過ごすのだろう」とわくわくしながら、荷物を抱えてそれぞれの部屋へと入っていきました。
すると突然、男子の部屋から「わーっ!」という叫び声が聞こえてきたのです。私は何事が起こったのかと思い、すぐにその部屋へ向かいました。見ると、窓ガラスに一匹のヤモリが張り付いていたのです。男子児童たちは、ただただ騒いでいました。私もどうしたものかと思いながら、担任の手前、なんとか捕まえなければと、その方法を考えていました。
そのときです。ひとりの女子児童がすぐさま駆け込んできました。そしてヤモリを見るや否や、すばやい動きでそれを素手でつかみ、窓から逃がしたのです。その場にいた私と数人の男子児童は、驚きのあまりしばらく声が出ませんでした。
その後、この子にお礼を言うとともに、なぜ素手でつかむことができたのか、理由を聞いてみました。すると、返ってきた言葉に私はもう一度驚かされました。
「みんな、ヤモリは汚いし気持ち悪いと言いますが、ヤモリはトンボやチョウと同じ生き物で、仲間だと思います。人間も生き物です。植物もこの地球で共に生きる仲間だと思っています。そして、昆虫や他の生き物、植物がいるから人間も生きていけるのだと思います。このことは私のお父さんから教えてもらいました。だから、素手でつかむことは何ともないです」
そのときのこの子の言葉は、今でも私の心に深く残っています。
そして、夏休みが明けると、子どもたちは夏休みの課題の一つである「自由研究」を持ってきました。この子が持ってきたのは、セミのぬけがらでした。それも、ビニール袋いっぱいに集められていました。その量の多さに、私も他の児童も驚きました。
貼り付けてある「自由研究をした動機や思いカード」には、次のように書かれていました。
──私の家の近くには公園があります。毎年夏になると、たくさんのセミが鳴きます。近所の人や友だちは「うるさい」と言いますが、私はそう思いません。「今年も元気に鳴いているな」という気持ちになります。セミは10年くらい土の中で幼虫として暮らし、成虫になると2~3週間で死んでしまいます。なので、短い間を一生懸命に生きているセミに「今年もよくがんばったね」と言ってあげたいのです。それで、ぬけがらを集めようと思いました。
私は、この文章を読んで改めて考えさせられました。
──おびただしい数のセミのぬけがらを実際に目の当たりにすると、セミが長い年月を土の中で過ごし、ようやく地上へ出てきた生命の営みをまざまざと感じる。この子の言葉からは、セミへの熱い思いだけでなく、自然そのものを尊ぶ豊かな感性が伝わってくる。自然を大切にする心は、言葉で教え込むだけではなく、自らの体験を通して得た実感の中で育まれていくのかもしれない。
担任として、私は子どもたちによく語っていました。
「人間は自然の一部である。人間の中にも自然がある。だから、自然を大切にすることは、自分を大切にすることなのだ。」
しかし、このとき私は気づいたのです。これまでの私の言葉は、子どもたちにとって、実感を伴った〝生きた言葉〟にはなっていなかったのではないかと。そう思うと同時に、我が子に自然の大切さを分かりやすく伝えてきたお父さんに、深い感謝の気持ちが湧いてきました。
この子との出合いを通して、子どもの豊かな感性は、教室で教えるだけで育まれるものではないのだと感じました。家庭での何気ない会話や自然とのふれあい、そして身近な大人の振る舞いが、生命を尊ぶ心を育てていくのではないでしょうか。
この子の言葉を思い返すと、養老孟司の著書の一節を思い出します。解剖学者で医学博士の養老氏は、『「自分」の壁』の中で、次のように述べています。
学生を田んぼに連れて行った際に、
「あの田んぼはお前だろう」
と私は言います。
すると、相手はぽかんとしています。何を言っているのだ。このじいさんは。
でも、田んぼは私たち自身だ、という考えはおかしなものではありません。田んぼから米ができる。その米を体内に入れて、体をつくっていく。米は体の一部になる。その米を作っている田んぼの土や水、そこに降り注いでいる日光も全部、私になっていくわけです。
もちろん海でも同じことです。魚を食べるということは、海を体内に取り入れていく、ということでしょう。(注1)
この養老氏の言葉に触れると、林間学舎でこの子が語った「人間も生き物です。植物もこの地球で共に生きる仲間だと思っています」という言葉が、あらためて心に響きます。
夏空を背景に、木々の緑が輝いています。この夏、子どもたちが自然の中で大いに学び、感性を磨いていくことを願ってやみません。そして、私たち大人も子どもとともに学び、成長していきたいものです。
~ 子どもから学び、自然から学ぶことを心に刻む日 ~ (勝)
(注1)『「自分」の壁』 養老孟司 著、新潮社、2014年6月発行、2014年7月 3刷、62~63頁から引用。

