新緑から梅雨へと移り変わるこの頃、私は毎年、一年で最も清々しい時季だと感じています。そんな折、心に残るさわやかな出会いがありました。
少し前、保護者の方からある方をご紹介いただきました。
「勝本先生にぜひお会いいただきたい方がいらっしゃいます。その方は八尾市(大阪府)の浦上弘明教育長で、先生が歩んでこられた教育の道ときっと通じるものがあると思いますよ」
「人は人との交流の中で成長する」というのが、私の人生観です。ですから、この紹介の言葉を耳にした瞬間、自然と「ぜひお会いして語り合いたい」という思いが湧いてきました。実際にお会いするにあたっては、まず浦上氏のご経歴や教育観を知ることが礼儀だと考え、自叙伝『ウラさんの教育人生40年』を読んでみることにしました。そこには、豊かなご経歴とともに、子どもたちへの深く熱い愛情がにじみ出る教育人生が綴られていました。
浦上氏は、昭和51年に八尾市立南高安中学校の教諭として教職をスタートされました。その後、平成7年4月から奈良県の国立曽爾(そに)少年自然の家事業課で主任専門職員として自然体験活動の指導に従事し、平成10年4月には大阪府立修徳学院の主幹として児童の更生保護に尽力されました。
以降、八尾市教育委員会事務局青少年課長補佐、指導課長、八尾市立桂中学校長、教育推進担当部長、八尾市立成法中学校長などを歴任し、平成24年4月に八尾市教育委員会教育長に就任されました。平成28年4月からは公益財団法人八尾市国際交流センター事務局長を務め、その傍らで子ども食堂の運営にも関わられました。令和4年4月に再び八尾市教育長に就任し、現在もその職にあります。
このように様々な立場を経験されながらも、浦上氏の教育観には一貫した信念がありました。それは、「子どもに寄り添い、その可能性をどこまでも信じ抜く」という、慈愛に満ちた眼差しです。
私自身もまた「子どもに寄り添い、その可能性をどこまでも信じ抜く」という信条のもと、浦上氏と同様に40年以上にわたり教育の道を歩んできました。だからこそ、「ぜひともお会いし、今後の教育のあり方についてご指導・ご鞭撻を賜りたい」との思いが、いっそう強くなりました。その思いを込め、ニッケ教育研究所の会報誌『未来ウォッチ』も同封のうえ、訪問のお願いを手紙にしたためました。すると数日後、浦上氏から直々にお電話をいただき、教育委員会のある八尾市役所でお会いする運びとなったのです。
実際にお会いしてみると、初対面とは思えないほど、飾らず気さくなお人柄が、表情や立ち居振る舞いから自然と伝わってきました。そこには、幾多の苦難を乗り越えられた方ならではの風格と謙虚さが感じられました。そして、ふと自叙伝の中の一節を思い出しました。
─── 五円玉の裏面をみなさんじっくりと眺めてほしい。稲穂が大きく成長し重みで穂が垂れ下がっている。昔のことわざで「実るほど頭を垂れる稲穂かな」は身分が高くなればなるほど稲穂のように頭を下げて腰を低くするという意味で、人格者ほど謙虚でなければならないという戒めの言葉である。(注1)
まさにその言葉通りの方が、目の前にいらっしゃいました。
「今日お会いできるのを楽しみにしていました。勝本先生は私と同い年なんですね。それなのに、今もなお精力的にご活躍されていて、素晴らしいですね」
浦上氏は、私と顔を合わせるなり、笑顔でこのように語りかけてくださいました。
事前にお送りした会報誌に目を通していただいていたことが分かる、その一言に私は思わず嬉しくなり、これまで経験したことや家族のことなど、会話は大いに盛り上がりました。さらにその場で、私のことを八尾市立のある小学校長にも紹介するため、直接電話までかけてくださいました。楽しく有意義な時間は、あっという間に過ぎていきました。
対談の最後、浦上氏が語られた次の一言に、私は深く胸を打たれました。
「私は、今の教育において“非認知能力”の育成が極めて重要だと感じています。学力検査などでは十分に測ることが難しい、その子どもが持つ可能性を如何に引き出すか。このことを、八尾市内のすべての学校に呼びかけているところです」
非認知能力の重要性については以前から注目されてきましたが、その能力を数値化することは難しく、また、どのようにして引き出せば良いのか、私自身も長い間悩み、考え続けてきました。しかし、浦上氏が心から語られたこの一言は私の心に深く響き、“ストン”と腑に落ちました。
なぜなら、浦上氏は自叙伝の中で、修徳学院時代に子どもたちと寝食を共にし、昼夜を分かたず寄り添い続けた日々を紹介され、目指していた教育観を「確固たるものにしたような気がする(注2)」と述べておられたからです。そのような実践から紡ぎ出された言葉には、重みと真実が宿っていると感じたのです。
一方で、一般の学校現場において、子どもたちと寝食を共にすることは現実的には困難です。しかし、「子どもと生活を共にする覚悟」を持って寄り添い、その可能性を拓いていく姿勢こそが、今、教育者に最も求められているのではないでしょうか。そして、その先にこそ、“非認知能力”の育成がなされると、私は確信を深めることができました。
今回の出会いを通じて、私はあらためて自分自身のあり方を見つめ直すことができました。また、これからの生き方に希望と勇気をいただいたように感じています。同時に、「今後もさらに交流を深めていきたい」という思いも芽生えました。このような貴重な出会いのきっかけを与えてくださった保護者の方に、感謝の気持ちでいっぱいです。
さまざまな苦楽を経てきた浦上氏の笑顔には、まさに人生の年輪が刻まれていました。その眼差しには、子どもたちをこよなく愛する慈愛があふれていました。そのお姿は、今の季節に咲き誇るバラの花のように、凛として温かく、深く心に残るものでした。
対談を終え、八尾市役所を後にして歩いていると、心の中に“さわやかな初夏の風”が吹き抜けるような、晴れやかな気持ちが広がっていきました。
~ 子どもに寄り添うことを、より深く心に期す日 ~ (勝)
(注1)「ウラさんの教育人生40年 ─未来へむかう子ども・親すべてのおとなたちへ─」 浦上弘明 著、清風堂書店、2017年8月・初版・第1刷発行、127頁から引用。
(注2)同、80頁から引用。