贈る言葉

 桜の花だよりが待ち遠しくなる3月から4月にかけてのこの時季は、年度替わりということもあり、何かと忙しい時期です。特に教育現場では、年度末の総仕上げと新年度を迎える準備が重なり、1年で最も忙しい時期となります。かつて学校に務めていた頃の私にとって、桜は春の象徴であると同時に、忙しさの象徴でもありました。
 3月末で退職される教職員の皆さま、本当にお疲れさまでした。また、4月から新たな職場に着任される皆さま、新たな立場に就かれる皆さまが、ますますご活躍されることを心より願っています。

 それは私が小学校の担任をしていた、ある年の3月下旬のことです。4月に他校へ転任することが決まっており、あまりの忙しさに桜を愛でる余裕などまったくありませんでした。ようやく残務整理を終えたのは、3月31日の夜のことでした。帰り際、職員室に残ってくださっていた教頭先生にお礼を言いました。
 「遅くまで残っていただき、ありがとうございました。未熟な私に多くのことを教えてくださり、大変お世話になりました」
お別れの挨拶を終えて職員室を後にしようとした時、教頭先生が私に言いました。
 「この学校での君の仕事ぶりを見てきたが、誰にも負けない素晴らしいところがあるよ。だが、乗り越えなければならない課題もあるね。最後の最後まで、このようにやり残した仕事があるという点が、次の学校で君が挑戦すべきところだよ。つまり、しっかりと計画を立てて、仕事を着実に進めるというのが君の課題だよ」

 教頭先生の言葉を聞き、私はしみじみと思いました。
─── 教頭先生が遅くまで私のために残っていたのは、去りゆく私にこの『贈る言葉』を伝えたかったからだ。
─── 自分の短所は、自分ではなかなか気づきにくいものだ。しかし、周りの人が言ってくれることで、自分を見つめ直すことができる。いわば、自分を映す鏡のような役割を果たしてくれるのだ。そのことを気づかせてくれた教頭先生には、深く感謝しなければならない。
 教頭先生は、私と握手をしながら力強く言いました。
 「がんばれ!がんばれ!人生は長い!君はまだまだこれからだ!」
 7年間勤務したこの学校での最後の日、私は身が震えるほどの感動と感謝の気持ちでいっぱいになりました。そして、気づきを与えてくれる人との出会いは、自身を大きく成長させてくれると強く感じました。

 4月、新しい学校での仕事が始まりました。顔と名前がなかなか一致しなかったり、慣れないことも多かったりしましたが、前任校の教頭先生からの『贈る言葉』を胸に抱きながら、奮闘する日々を送っていました。

 教育現場では、多忙な3学期になるとよく言われる言葉があります。それは、「1月は行く」「2月は逃げる」「3月は去る」という言葉です。特に毎年3月になると目が回るほどの忙しさの中で、この言葉を身に染みて感じてきました。教頭先生もおそらくあの時、「3月は去る」という心境で学校全体の業務に取り組んでおられたことでしょう。しかし、そのような状況の中でも、『贈る言葉』を伝えてくださった真心と、後輩の成長を願う慈愛に対して、尽きせぬ感謝の気持ちを抱きました。そして私は、さらなる成長を目指し、決意を新たにしたのでした。
 私は、その後の教員人生において、若い人たちの成長を願い、慈愛の眼差しを忘れないように心がけてきました。それが、あの時の教頭先生が示してくださった真心と慈愛に応えることになると思ったからです。

 「皆さん、春ですよ!」と告げるかのように、今年もフキノトウが顔を出しました。大地から芽吹いたフキノトウは、未来に向かってすくすくと成長していく子どもたちの姿に見えてきます。また、可能性の翼を広げて羽ばたいていく若者たちの姿を連想させます。そして、子どもたちや若者たちがたくましく成長していくことを、心から待ち望む熱い思いが湧いてきます。フキノトウの花言葉は『待望』です。

 ~ 新年度の皆さまのご多幸を心よりお祈り申し上げます ~  (勝)

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