戦争の爪痕を描いた子

 木々の葉は緑から鮮やかな赤や黄金に変わり始め、朝晩の冷気が身に染みるようになってきました。秋の深まりを感じる今日このごろです。この季節になると思い出すことがあります。

 それは私が若い頃、小学校6年生の担任をしていた時のことです。学校では秋になると、6年生が大阪城へ行って写生会を実施するのが恒例でした。子どもたちに大阪城を見た時の感動や驚きをうまく表現して欲しいと思い、特徴を自分の目で確かめておこうと事前に下見に出かけました。
 実際に城を目の当たりにすると、石垣の堅固さや天守閣の雄大さが圧倒的で胸に迫るものがありました。私はしばらく、城の周りをゆっくり歩いてみることにしました。やがて、歩きながら石垣に近づいてみると、積み上げられた巨石のいくつかに深いくぼみがあるのが目に留まりました。実は、第二次世界大戦末期に周辺の軍需工場を標的にした「大阪大空襲」での機銃掃射の痕跡だったのです。戦国の歴史と戦争の歴史を物語る大阪城。知っていた事実と目にして知った事実の両方が入り交じった複雑な思いを抱えながらその場を後にしました。
 帰り道、私はあるアイデアを思いつきました。それは、図画工作科の絵画学習の一環として行う写生会を、単に絵を描く機会にとどめず、平和を考える絶好の機会にしようというものでした。それまでも、道徳、国語の教材を通して、また社会科で日本の歴史を学ぶ中で、子どもたちと平和について考えてきました。しかし、私自身が戦争を体験しているわけではないので、果たして実感を伴った授業をしているのか疑問に感じることがありました。また、戦争の爪痕を実際に見たり、戦争体験者の話を直接聞いたりする機会も必要ではないかと思っていました。
 翌日、写生会の事前指導を行いました。下見した際に撮ってきた何枚もの写真を見せながら、大阪城の石垣や天守閣の特徴を話すとともに、戦争の爪痕が今もなお残っていることについても触れました。

 そして、写生会の当日。子どもたちはそれぞれ気に入った場所で絵を描き始めました。天守閣を中心に描いている子、秋の深まりを感じる木々に包まれた城を描いている子、石垣をメインに描いている子など。子どもたちは思い思いの描き方で、大阪城に対する感動や驚きを一枚の画用紙に表現していきました。その中に、石垣につけられたくぼみを中心に描いている子がいました。その子は絵を描くのが得意ではなかったのですが、機銃掃射の痕跡を鋭い眼差しで見つめながら丁寧に描いていました。私は思わずその様子に釘づけになり、じっと見守っていました。そして心の中で、こう、つぶやきました。

─── この子にとっての大阪城は、雄大さよりも戦争の歴史を感じさせるものにちがいない。おそらく、戦争の恐ろしさを肌で感じたにちがいない ───

 後日、心のつぶやきが間違っていなかったとわかりました。というのも、私はいつも絵の裏側に「この絵を描きたいと思った理由」を書かせていたのですが、その子の絵の裏側には次のようなことが書かれていたからです。

─── 僕がこの絵を描こうと思ったのは、大阪の街や大阪城が、アメリカのB29によって大きな被害にあったことが、石垣のくぼみを見てよくわかったからです。多くの人が亡くなったことも想像できました。本当に戦争は恐ろしいです。戦争はいやです。平和な世界になってほしいです ───

 毎年、大阪市が主催する「大阪城絵画展」に6年生全員が応募しており、この年も全員が出品しました。残念ながら、その子の絵には賞が授与されませんでしたが、その子の努力と絵に込められた真っすぐな思いを称えたいと思いました。私は、通知表の3学期の所見欄に次のように記しました。

─── あなたの描いた大阪城は、戦争の悲惨さと平和の尊さを訴える素晴らしい絵でした。ここに「平和への願いがよく表れていたで賞」を贈ります。卒業してからもこの思いを忘れず、立派に成長してください。卒業おめでとうございます ───

 秋の青空と山々を背景にして、紅葉が美しく輝いています。この風景は、戦争のない平和な世の中を思い描かせてくれます。

 ~ “平和ほど尊いものはない!”と、心から叫ぶ日 ~  (勝)

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