おばあちゃんの言葉

 「親思ふ心にまさる親心」 吉田松陰 (注1)

 この句は、子どもが親を思う心よりも、親が子どもを思う慈愛の方が深いという意味です。この気持ちでご家族の方は、日々お子さんに対して、深い慈愛の眼差しを注いでおられることと思います。

 それは、私の息子が小学校高学年の時でした。夫婦二人して息子に、ひどく叱ったことがありました。その時、当時一緒に住んでいた義母が、しみじみと語ったことが、今でも忘れられません。
 「子どもを叱る時は、二人一緒にしたらあかんよ。この子もいつか人のために活躍する時があるのやで。自分の子どもであっても、世のため人のための子どもでもあるのや。叱る時は、自分の子どもと思わないで叱るんや。そう思うと、叱り方も変わってくるやろ。」
 人生の年輪を重ねた人の言葉には、時として、知識人や評論家よりも深く心に響く場合があります。自分の子どもであっても、人様の子に接するように慈愛を込めて育てていく。本当の親心とは、このような心であると言えるのではないでしょうか。
 児童虐待が深刻さを増す今、「自分の子どもであっても、世のため人のための子どもでもあるのや」との“おばあちゃんの言葉”は、児童虐待防止のためのひとつのヒントにもなると思えてなりません。

 さて、コロナ禍の最中、一部地域では3度目の緊急事態宣言が発令される事態となり、児童や保護者、教職員の皆様にとっては、さらに緊張と不安、そして、心労が続いていく状況になっています。それでなくても、「プログラミング教育」「英語教育」「ジェンダー教育」「防災教育」等々の取り組むべき課題が多くなっている教育現場です。その上の「オンライン授業」の実施。ひとくちに「オンライン授業」といっても、教材作り、PC環境の整備等、事前に準備すべきたくさんのことがあります。おまけに対面授業との両立・・・。まさに、“混沌たる状態”と思えてなりません。どうか、教育現場の教職員の皆様、この状況に負けないでと叫びたい心境です。
 未だ誰も経験したことのないこの状況を乗り越えるには、単に精神論ではなく、確固たる考え方、すなわち、教育哲学を教育現場の中心に“ドーン”と据える必要を強く思います。そのためには、今一度、学校は“何を学ぶ場か”という原点を明確にして、再確認することが大切であると思います。“何のためか”という原点をしっかり押さえるならば、“混沌たる状態”から“教育の本質”が見えてくるのではないでしょうか。
 ニッケ教育研究所の会報誌「未来Watch」(2021冬号)では、「学びを支える“社会貢献”への意識」について述べました。齋藤 孝氏の著書から「みんなが勉強するのは、自分自身のためだけではなく、世の中のためになるからなんだ。」(注2)という言葉を引用し、「社会貢献への意識」と「誰でも世の中での役割がある」という視点で、学習意欲の喚起を図っていく発想が、今こそ必要であると述べました。すなわち、“世の中のためになる” ”誰にも自分らしい役割がある”との意識を育成することこそ、子どもたちの学ぶ意欲となり、それが“学校で学ぶ意味”になっていくのです。
 “世のため人のために学ぶ”ことこそ、教育現場の原点になります。であるならば、肌感覚でコロナ禍を経験し、命の大切さを深く心に刻んでいる子どもたちに、「誰よりも辛く、悔しい思いをしている皆さんだからこそ、安全で安心してみんなが幸せな暮らしができる世の中をつくる使命があるのだよ。そのために、今しっかりと学んで欲しいのです。」と、学年に、またその子に応じてわかりやすく語ってあげて欲しいと願います。暗闇の様なコロナ禍での唯一の希望の光、それは、子どもたちの“よりよい世の中を築いていく”という“学ぶ意欲”ではないでしょうか。このコロナ禍を、子どもたちの学ぶ意味を浮き彫りにする、まさに“ピンチはチャンス”と捉えられるきっかけにしたいものです。
 先に述べました「自分の子どもであっても、世のため人のための子どもでもあるのや」との“おばあちゃんの言葉”は、きわめてシンプルで庶民的なものでしたが、今のこの状況にもぴったりとあてはまる深さがあったのを感じます。

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春から若葉へと移りゆく季節。一本の樹を眺めていると子どもたちの姿と重なって見えてきます。青々とした枝葉は子どもの成長した姿に映って見えます。そして、大事なのは、目には見えないけれど枝葉に栄養を与え続ける根の存在です。この根こそ、子どもたちの世のため人のために”学ぶ意欲“であり、”社会貢献”への意識と言えます。意欲や意識は根のように目には見えませんが、成長のためには欠かせないものです。教育者の東井義雄氏は、「根を養えば樹は自ら育つ」(注3)という名言を残しています。まさに、大事なのは、“こどもにとっての根”ではないでしょうか。“世のため人のために学ぶ”という根が養われたならば、必ずや、子どもたちの”可能性の枝葉”が茂り、色とりどりの”その子らしい花”が咲き、”人々を幸せにする豊かな実”を結んでいくに違いありません。

 新緑がまぶしい季節が到来しました。若木のような子どもたちの未来に思いをはせながら、コロナに負けないで、目の前の一人ひとりの子どもたちとしっかりと向き合っていきたいものです。

 ~ “コロナを突き抜け、大樹になれ!” と祈る日 ~  (勝)

(注1)国立国会図書館デジタルコレクション所蔵「風雲と人物 上巻」雑賀鹿野 著、南方書院、1942年1月発行、121頁から引用。

(注2)「子ども『学問のすすめ』」斎藤 孝 著、筑摩書房、2011年11月 第1刷発行、20頁から引用。

(注3)「根を養えば樹は自ら育つ」東井義雄 著、柏樹社、1977年出版、タイトルを引用。

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