ホットライン

 教育現場には、毎金曜日の退勤までに、その週の指導結果と来週の指導計画を書いて管理職へ提出する「週指導計画案」(通称「週案」)があります。その用紙の下段に「反省・感想」欄(学校により名称は違う)があります。その週の出来事や日頃感じていることを書く欄です。

 私も担任時代は、その欄に、学級の子どもたちの様子や工夫した指導方法、教育現場の悩み等を書き、校長先生の返事を楽しみにしたものです。特に、思索を巡らせて書いた時には、その返事を心待ちにしていました。校長先生も一生懸命に返事を書いてくださり、“そうか、そうように考えればいいのか”と嬉しく思った時もあれば、「了解。以後、よろしく」だけの校長先生もあり、“がっかり”と、ため息をつくこともあったのです。

 その時の経験が、私が校長になった時に生きました。私は、この欄への返事は、私と担任とを繋ぐ“ホットライン”であり、“生命線”であると捉えて、精一杯に先生方へ励ましやアドバイスを書こうと決めたのです。2行か3行の文章に対しても、欄いっぱいに文字を埋め尽くしたり、裏にまで返事を書き広げたりしました。子どもや保護者対応で悩んでいる方には、著名な教育者の格言や拙いながらも自作の俳句も織り交ぜて、励ましやアドバイスを送りました。

 返事のコメントを書くにあたり、次の2点(①できるだけ早く返却する。②打ち明けていただいた悩みや苦しみに対しては、寄り添って同じ目線で悩むとともに、解決への具体的なアドバイスをする。)を心がけました。大規模校の場合は、30冊程の週案が手元に届きます。どんなに忙しくても、次週の月曜日には返却することを心がけました。全ての返事を書き終えた後は、目がかすみ、肩が痛くなったものです。でも、快い疲労感でした。

 “文は人なり”と言われるように、文章には、その人の生き方や人柄が表れると思います。であるならば、飾らずに一先輩教員として、同じ目線で書こうと決めたのです。言葉にできないような深い悩みの方には、“ともかく、早く元気になって、笑顔を取り戻してほしい”との願いを込めて、言葉を振り絞ったことは、今なお心に刻まれています。返事を返すことは、私にとって、心を伝える為の文章修業であり、価値観・人生観を深めることでもありました。

 私は若い時から、授業は担任と子どもとの“人格と人格の磨き合いの場”であると思ってきました。同様に、週案への返事は、私と担任との“人格と人格の磨き合い場”であり、“心と心の交流の場”と捉えました。

 日々の教育活動や課題対応、また、未だコロナ禍で多忙な教育現場。担任教師一人ひとりとじっくりと心ゆくまで交流し合う時間は、なかなか取りにくいのが現実です。そんな教育現場には、週案は、効果的な“心と心の交流の場”です。

 本来、週案は担任教師と交わすものですが、担任外の保健の先生や事務職員の方からも、週案提出を希望されるようになりました。「今でも、校長先生からの週案の返事を読み返して、転勤してもがんばっています」との、お便りを聞くにつけ、嬉しくなります。

 ネットを通して、互いの思いの伝達が容易な時代になりましたが、根底には、言葉と言葉とのやり取りを通しての、“心と心の交流”が、ますます重要な時代になったと感じます。(勝)

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